宇都宮けんじと希望のまち東京をつくる会 「韓国視察の報告+交流会」にて報告しました(2018年1月28日  )

 

 

子どもの権利や子どもの貧困問題などに取り組むため、宇都宮けんじさんが主宰する「うつけんゼミ」で学んでいます。昨年10月末、韓国の市民運動を視察するツアーに参加しました。その報告会で発表した内容をここにアップします。

 

私は、光化門広場セウォル号事故真相を求めるテントを訪問し、人権財団「ひと」のパク・レグン所長に伺ったときの話をまとめました。以下、全文です。

 

 

「セウォル号沈没事故からキャンドル集会へ」

 

 

 

 うつけんゼミの工藤玲子と申します。11月1日の午後、スタディツアーの最後の訪問は、光化門広場にあります、セウォル号事故真相を求めるテントにて、人権財団「ひと」のパク・レグン所長をたずねました。

 

  

 

   光化門広場といえば、ソウル市の中でも市民のいこいの場として有名で、多くの観光客も訪れます。その広場では、よく市民のためのイベントが開催されているようなのですが、その一角に、有名なイスンシンの像を背景にして、セウォル号沈没事故の真相を求めるテントが林立していました。

 

この光景はパク・クネ政権の頃には見られず、かなり様変わりしたようです。

 

 

 

 それらのテントのひとつに、セウォル号沈没事故で犠牲になり亡くなった方々の遺影が飾られておりまして、誰もが焼香や献花をすることができる祭壇がもうけられており、私たちもまず追悼しました。

 

 

 

 今回、お話をしてくださったのは、人権財団「ひと」所長のパク・レグンさんです。人権財団「ひと」は、人権の普及のためのさまざまな活動をしている団体です。

 

 所長であるパク・レグンさんは、韓国でも有名な人権活動家のひとりで、セウォル号沈没事故の遺族と市民団体で構成された「4.16国民約束連帯」の共同代表をつとめました。

 

 パク・レグンさんは、セウォル号沈没事故がおきてから3年6か月の間、どんな活動をしてきたのか、説明してくださいました。

 

 

 

 まず、セウォル号沈没事故についてです。この大惨事については、日本でも多くの報道がなされていましたので、みなさまもご存知かと思います。

 

 2014年4月16日。韓国の大型旅客船「セウォル号」が、仁川港から済州島に向かう途中の観梅島(クァンメド)沖で転覆した事故で、乗客乗員476人中、修学旅行中であった高校2年生を多く含む304人が死亡。いまだに5人が行方不明のままになっています。

 

 

 

 

250人は修学旅行中の生徒たちでしたが、生徒たちが携帯で撮影した画像には、船が傾いているにも関わらず、そのままじっとしていろと言われ、誰も助けられなかった様子が写っていました。

 

 

     事故の翌日、朴槿恵(パク・クネ)大統領は現場を訪れたが、事故がおきた7時間、どこにいて何をしていたのか分かりませんでした。

 

 現場にいながら陣頭指揮をとらず、救助しようとしない。むしろ救助の試みさえ妨害していたが、マスコミを通じて「史上最大の救出策をとっている」と発表しました。

 

 こうした政府の対応を目の当たりにした行方不明者の家族たちが、救出活動を要請するため、青瓦台まで抗議に行ったのが始まりでした。バスが止められ、歩いて向かっているところも警察から妨害されたそうです。

 

 

 

 

 

 

なぜセウォル号は沈んだのか、真相究明を求める活動が続けられました。デモ行進、座りこみ、遺族による46日間断食、サバイバーの学生たちによる抗議活動などが行われ、4.16国民約束連帯が中心となり「真相究明特別法」の制定を求め、全国600万人以上(650万人)の署名を国会に提出しました。

 

 

 

 

 それでも、政府は「お金の保障をしたのだから」と遺族を侮辱し、抗議活動への妨害や弾圧をくり返しました。

 

 警察車両をずらっと並べて進路を妨害したり、放水したり、カプサイシンを撒いたり、容赦のない妨害が繰り広げられていました。

 

 一年が経ち、真相究明の法律はできたのですが、政府によって調査までが妨害され、セウォル号が引き揚げられることはありませんでした。

 

 2年目、調査機関が解散の危機になり、いっそう強く抗議。2016年9月30日、朴槿恵政権の弾劾を求めました。これが口火を切った感じになり、ちょうどその頃、パククネ大統領に、政治スキャンダルが明るみになり、10月からくり返し行われるようになった朴槿恵大統領の弾劾を求めるキャンドル集会には、100万人以上の市民が集まり、その最前列にはセウォル号の遺族たちが並んでいたのです。

 

 

 

 2016年12月9日、朴槿恵大統領の弾劾が国会で認められました。そして、その後、ようやく大統領が退いたその日に、セウォル号は事故後3年目(1073日後)にしてようやく引き揚げられたのです。

 

 

 

 

 

 私たちがパク・レグンさんからお話を伺った、光化門広場にある「セウォル号事故真相を求めるテント」は、ソウル市から場所を提供され、市民が運営しているそうです。責任者は「416国民約束連帯」。今でも、広報活動や署名活動などをする拠点になっています。

 

 

 

 

セウォル号の事故は、遺族たちが真相究明を政府に求めて働きかけることで船の引き上げに至った、韓国ではじめての事例になりました。この成果から、遺族たちは大変な自尊心や自信を得ることができたそうです。

 

 この事故をきっかけに、遺族たちは「忘れない」「じっとしていない」(沈んでいく船に乗った高校生たちは、じっとしていなさいと言われ、いのちを落としたから)「416以前とは違う社会をつくる」という3つの約束をしたそうです。

 

 市民の意識も大きく変わったそうです。企業の利益だけを追求する、経済至上主義の社会がいかに危険かということに気がつき、もう二度とこのような悲劇をおこさないよう、安全や生命を尊重する社会を求めていこうとする気運が高まったとのことです。

 

 

 

以上です。ご清聴ありがとうございました。